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「子供からヒマな時間を奪うことの恐ろしさ」

(ネットから抜粋です)


塾が子供にもたらした影響は、日本の人が考えるよりも大きかったと思う。

日本の社会をまるごと破壊するに至ったのは特に都立高校が崩壊して以後の中学への進学競争に伴って起こった「学習塾に小学生の子供を通わせる習慣」だったのではないかと、ぼくは真剣に疑っている。

学習塾のことについて前に記事にしたときには、「学校の先生はダメだったが塾の先生は好きで、そのひとのおかげでいまの私があるんです」という意見がおおかったが、 ぼくが学習塾が問題なのだ、というときには、調べたときには実名である進学教室内が教師たちの幼児性交の温床化している問題を打ち明けるひとが何人もいてぼくを驚かせたが、そうではなくて、「子供からヒマな時間を奪うことの恐ろしさ」について述べたつもりだった。


子供の意識はおとなの意識に較べて遙かに稠密なので、子供の一日はオトナの一日に較べて感覚的に言って5倍から長いと思われる。

そのただでさえ長い時間のなかで、たとえば、夏の雨に降り込められた退屈な午後、自分の頭のなかに宿っているあれこれの言語化された経験と交渉する時間をもつことが子供が育つためには絶対に必要である。

子供がやがてそれにすがって生きてゆくことになる「自分が自分であることの感覚」をつかむには、いてもたってもいられないほど退屈な時間のなかで、自分という得体のしれないものと向かいあってすごすことが不可欠であるのは、ほぼ直感的に明らかであると思うが、おもしろいことに、日本の親たちはそう思わなかったもののようである。

時間を奪われた子供は、自分が自分であるという感覚をつかめないまま社会へ出て行って、そこで自分を発見しようとする。

それは心がおとなになってしまっている以上、まったくムダな努力だが、とにかく自分が自分になってもらわねば生きている心地がしないので、終いには相手の男や女にそれを求め、酷い場合には仕事に自分を発見しようとする人まである。

悲惨、であると思います。




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by lootone | 2013-05-23 11:53 | ・子育て