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カテゴリ:・日本について( 47 )

「危機をチャンスに変えろ」  ~G20サミットの舞台裏~ 

マスコミの下らない情報に踊らされ、口蹄疫などの危機管理が必要な問題に
オロオロするばかりの鳩山内閣を成立させてしまった有権者の責任は大きいと思います。

私達の選挙権一票一票は確実に国の政治とつながっています。



「100年に一度の金融危機で世界経済の競争をめぐる構図が一変するだろう。
この危機をチャンスに変えることができた国が将来、大きな繁栄をつかめるのだと思う。」
──2009.04.09 麻生総理・日本記者クラブ・スピーチより







第二次麻生内閣実現して欲しいです。
http://www.aso-taro.jp/diary/index.html
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by lootone | 2010-05-23 01:17 | ・日本について

日本人とは・・

(注意:ネットからの抜粋です↓)

OLだった頃、
会社で働いていた日本に超詳しいベルギー人が言ったことに
納得してた。

日本文化は身内受けの凝り性文化だそう。

外国文化に負けまいとしているのではなく、
世に意図的にインパクトを与えようとしているのでもなく、
今ここにいる同じ価値観を共有する仲間からの喝采を浴びたいと考える。

その結果、同じものを志す者同士の
「これすごいだろ、おもしろいだろ」合戦が始まり、
そこで生み出される物が自然と研ぎ澄まされていく。

でもその競争は、敵対的なものではなく、お互いを尊敬しあいながら、
静かに深く進行していく。

そしてある日、偶然目撃した異文化出身の人間(外国人)から、
それがすごいものであることを知らされる。

ほとんどの日本人はその日が来るまで、自分たちが作り上げた物が
すごいものとは知らない。

もろもろの伝統文化、芸能、電化製品、アニメ、他、
みんな同じパターンで世界に広まっていった。

だから、日本がここまで発展してきたのも必然的なものだし、
この精神が衰えない限り、これからも日本は誰に頼まれることもなく、
知らないうちに勝手に世界にインパクトを与え続けていくだろうと。
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by lootone | 2008-12-04 01:30 | ・日本について

少女に敬礼

***ネットからの抜粋です。***


2年前、旅行先での自衛隊の駐屯地祭で
例によって変な団体が来て私はやーな気分。

その集団に向かって一人の女子高生とおぼしき少女が向かっていく。


少女「あんたら地元の人間か?」

団体「私達は全国から集まった市民団体で・・・云々」

少女「で、何しにきたんや?」

団体「憲法違反である自衛隊賛美につながる・・・云々」

少女「私は神戸の人間や。はるばる電車のって何しにここまで来たかわかるか?」

団体「・・・・?」

少女「地震で埋もれた家族を助けてくれたのはここの部隊の人や。
   寒い中ご飯作ってくれて、風呂も沸かしてくれて
   夜は夜で槍持ってパトロールしてくれたのもここの部隊の人や。
   私は、その人たちにお礼を言いに来たんや。
   あんたらにわかるか?
   消防車が来ても通り過ぎるだけの絶望感が。
   でもここの人らは歩いて来てくれはったんや・・・・」


最初、怒鳴り散らすように話し始めた少女は次第に涙声に変わっていった。

あまりにも印象的だったのではっきり覚えている。
団体は撤退。

彼女が門をくぐった時に守衛さんが彼女に社交辞令の軽い敬礼ではなく
直立不動のまま敬礼していた。
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by lootone | 2008-09-16 23:19 | ・日本について

「戦争はなぜ犯罪ではないのか」

「戦争はなぜ犯罪ではないのか!?

例外的な国家を除きアメリカを含めあらゆる国家の憲法には、
戦争を肯定する条項が定められている。

かつて、現在では犯罪とされている行為が国家単位で公然と行われていた。

奴隷売買がそうであり、麻薬売買がそうである。

そして、戦争が犯罪ではない現代においては兵器売買が国家産業として
認められているのだ!

麻薬売買そして奴隷売買を、我々は現在は野蛮な営為と認識し
断罪している!

そして一方で生命を奪い、破壊をもたらすものである兵器の売買を
我々は合法としている!!

現代を、野蛮な兵器売買の時代として振り返る時が
いつか来るのではないだろうか!」



「戦争とは、人間が命よりも大事なものを奪い合う行為だ。

人間の命よりも大事なものが国家であるというのならば、
私は国家を笑い、戦争を笑う!」



かわぐちかいじ作 漫画『沈黙の艦隊』より抜粋。
(注・この漫画はフィクションです。)
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by lootone | 2007-12-21 17:46 | ・日本について

ある日、私が殺した男の娘が教えてくれた大切な事

孤島で第二次大戦の終幕を知らず平成の世までずっとゲリラ生活してた
盲目の旧日本軍人が書いてた日記の一文より

注・この日記はフィクションの可能性が高い為、「詩」として読むことを
  お勧めします。


『ある日、私が殺した男の娘が教えてくれた大切な事。

「父は争いの無い未来の為に戦って殺された。
だから私は貴方を生かしたい。
貴方が生き続ける限り父の魂も生き続ける。」

ある日、私が燃やした村の人が教えてくれた大切な事。

「過去の歴史を憎むので無く、過去の歴史を生かすべし。」

村長は言った。

「貴方が我々を憎み殺したいなら飽きるまで殺せばいい。
でも私達は貴方を殺そうとは思わない。
貴方を殺せば貴方を想う人に私の子供が殺されるから。
未来を生きる子供達の為になら私は死ねる。
そしてそれは犠牲ではありません、未来へ繋がる道です。」

私は涙が出た。
殺さなきゃ殺されるから殺す…そう己へ言い聞かせ殺した。

でも私は殺した人達に今生かされいる。

私はこの時、人の温かさを、そして日本人である前に
一人の人なのだと痛感した。

肌の色の違いに何の意味があるだろうか?
国の違いに何の意味があるだろうか?
西洋人、東洋人、黒人、しかし根は「人間」という一種だ。

傷つけられれば同じ痛みを感じ、流す血も同じ赤い血だ。

国に境があるが人の心にまで境はいるだろうか?
国がある事で人が争い合うのなら国なんて要らないではないか?

己が誰かより上と思うなら己の心の醜さを恥じよ。
己より下と思う誰かによって己が生かされていると悟るべし。

国と国を結ぶ地球が丸いように、人と人を結ぶ線は直線でなく円なのだ。

いつか心繋がる日が来ると信じて、長年信じ掲げた「愛国心」や
「正義」の名の元に、私が燃やした村に、私が殺めた人の墓に
いっぱいの花を咲かそう。』
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by lootone | 2007-12-15 12:34 | ・日本について

小野田寛郎さんの言葉

日本の陸軍軍人(陸軍少尉・情報将校)。
太平洋戦争終結から29年目にしてフィリピンルバング島から帰国を果たす。



「私は15年間、靖国神社に祀られていた身分です。
そのままだったら今の日本の姿を知る由もなかった。

国が靖国を護持しないというのなら、それは私たちに対する
借金を返さず、未納のままだということです。

また別の施設を造るということは私たちに対する裏切り行為です。
とても許されることではありません。

靖国参拝は当たり前のことであって、あれこれ言う人はもうどうでもいい。
いやなら参拝は結構だと言いたい。

そもそも、いろいろなわだかまりがあったから戦争になったのであって、 
それを わだかまりがないという方に無理があるんですから、綺麗事は
どうでもいいのです。

A級戦犯が祀られているから、という意見を言う人もいますが、
あの裁判は占領中に行われたことであり、 彼らはその中で
命を落とした人たちなのです。

日本人は亡くなった人に対してそれ以上の罪を憎まないという
習慣がある。

しかし、中国では死んだあとでも 罪人のままで、
墓まで暴かれてしまいます。
その中国の価値観をわれわれが受け入れなければならないのでしょうか。

一度黙って静かにお参りしてみたらどうですか。

戦争で死んだ人は若い人が多かった。

肉親が元気な内は手厚く祀ってもらえるが、肉親がいなくなったあとに
祀られる場所は靖国しかないのです。

戦争は国がやったことですから、その責任を国がとるのは
当たり前のことなのです。」
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by lootone | 2007-12-14 12:05 | ・日本について

Cappy Haradaの手記

私は情報将校としてこの攻撃を目の当たりにしました。
同じ日本人の血が流れている者として、突っ込んでくる勇気に涙しました。
特攻を見ての衝撃は私の人生を変えました。

水平飛行で突っ込んでくるゼロに浴びせる銃弾はありません。
フレンドリーファイヤー(同士討ち)を引き起こします。
もう見守るしかありません。
これで終わりかと思ったとき波が翼にかかったのです。
ゼロが波間に横転したのです。
私は死んだであろうパイロットに敬礼しそうになりました。
しかし、米軍の将校としてそれは出来ませんでした。

と、双眼鏡を覗く監視員が、パイロットが生きている、というではないですか。
私は思わず撃つなと叫びました。
憎悪と恐怖で撃ってしまうのではないか、と恐れたのです。

でも、それは杞憂に過ぎませんでした。
パイロットは沈み行く愛機に乗って、米軍艦に敬礼しているというのです。
そのパイロットを撃つアメリカ軍人はいません。
救助してくれと私は懇願しました。
もちろん米軍はそのつもりでした。
しかし、パイロットは愛機とともに運命をともにするつもりでしょう。
時間がない。
銃で撃って傷つけてでも救うかという意見が出た。

その時、パイロットの意識が切れたのか敬礼しなくなった。
ボートが出されパイロットが拾われた。
驚いた。
少年兵だった。
情報将校である私の前に連れてこられた少年航空兵は
しくじったことを泣きました。
タバコを与え、落ち着くのを待ちました。
しかし、拳銃を貸せと言いました。
どうすると聞くと自決するというのです。
それから号泣しました。

翌日の尋問も同じでした。
鎮静剤を与えました。
三日目、「もう生き残ったのだ。これから生きると言うことを考えたらどうだ」、
と言いました。
すると、「存分に生きた」、というではないですか。
そして、「もう一度、生きるなら飛行機を一機くれ」、と私に言いました。
「何に使う?」

 「もう一度、特攻をかける、そして戦友の後を追う。悠久の大義に生きる」
と言ったのです。

私は衝撃に震えました。
その日から、私はCappy Haradaから原田恒男に戻ったのです。
戦後、私は東京に進駐しました。
そして日本のプロ野球を復興させていただいた。
高校野球を復興させてもらいました。
戦後初めて、後楽園に日章旗と君が代を甦らせました。
私の耳には、「もう一機、飛行機をくれ」と言ったレイテでの少年兵の声が
今もあるのです。

生き残った私はイチローを追い、松井を追いかけています。
でも、目をつぶるとこの若者と少年兵が重なります。

カモン・ジャパンボーイ。私の誇りだ。

by Cappy Harada



「悠久(ゆうきゅう)の大義(たいぎ)」
果てしなく長く続く、国家・君主への忠義や親への孝行


[キャピー原田:Cappy Harada]

日系アメリカ人。
日本名:原田恒男。

ダグラス・マッカーサー元帥に仕え、親善野球を通じて終戦後、
アメリカ占領下にあった日本の傷を癒すのに尽力した。

のちにニューヨーク・ジャイアンツ(現・サンフランシスコ)でスカウトなどの
職を経てシカゴ・カブスのマイナー、ローダイ・クラッシャーズのGMとなり、
‘66年には「スポーティング・ニューズ」誌により最優秀GMに選出されている。

かつてのマッカーサー元帥の側近で現在、83歳。

昭和24年に後楽園で初めて日の丸を揚げた男。

巨人軍名監督水原茂をシベリアから奪還。
「水原、ただいま還りました」は、この人が居なかったら不可能だった。

戦時中は、敵国語(日本語)情報将校として最前線に居たという。


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by lootone | 2007-11-30 22:09 | ・日本について