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高校時代にお世話になった塾の先生の話

(注意:ネットからの抜粋です↓)


高校時代にお世話になった塾の先生の話なのですが。

先生は身長が高く体に厚みもある立派な体格の男性(推定40歳台半ば)で、
よく通る声で物凄く授業の上手い、そして、誰に対してもフレンドリーでありながら
生徒の誰とも馴れ合わない、プロ中のプロといった風情の方でした。

で、受付事務のおばさまから聞いたのですが…

以前、右翼の街宣車が塾のすぐ前の通りに陣取って演説をし、
先生のよく通る声もさすがにかき消されるほどの大騒音を立てたことが
あったそうです。

受験間近の、冬の出来事だったそうです。

先生は
「ちょっと失礼。あの、10分少々、プリントの長文を和訳して待ってて下さい」と
言うと、淡々とした足取りで教室を後にしたそうです。

え!? と思った当時の生徒さんがこっそり後をつけると、
先生は街宣車に一直線に向かっていきます。
そして、見張りみたいなことをしていた右翼の若手(?)に、

「貴様ら! あの看板(塾の)が見えんか!
 お国の未来を背負って立つ若人が勉学に励むのを妨げるのか!!
 それが国を愛し国を憂う者のなすべきことか!!」

と声の限りに怒鳴りつけたそうです。

食って掛かる若手。
生徒たちが「こりゃマズイ」「人を呼ばなきゃ」とあたふたしていると、
車の中からおっかなそうな老齢の男性が現れて、若手を制し、
先生に向かって

「仰ること、まことにごもっともです。このような無様なことはもういたしません」

と頭を下げ、先生もまた
「ご理解かたじけない。」と
頭を下げて手打ちに。

街宣車は去っていったとのことです。

淡々と塾に戻ってくる先生を、覗き見の生徒たちが
興奮して「すごいっす!!」と出迎えると、
先生は「ずいぶん和訳のスピードが上がったじゃない。頼もしいね」と
ニヤリと笑い、何事もなかったように静かになった教室で
授業を再開したとのことでした。
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by lootone | 2010-08-13 21:20 | ・子育て

人生の目標を叶えられなかったマイケル・ジャクソン

岡田斗司夫氏のマイケル・ジャクソンについての日記が
とても興味深かったので、抜粋しました。





天才なんてもんじゃない。

ダンスが上手いというレベルではない。

言葉にはできないそれ以上、マイケルは
「この世界に現出した奇跡そのもの」なんだ。
 
いったいなにが違うというのか?
マイケルと「その他の天才たち」との差は、なんなんだろう?

映画が進むにつれて、徐々にわかってきた。
そうか、マイケルには「伝えるべきこと」「言いたいこと」があるんだ。

他のダンサーは「上手く踊りたい」とか「自分を表現したい」で手一杯。
もっと上手くなるとようやっと「自分の内部の情動を表現したい」に
なるんだけど、そこ止まり。

しかし、マイケルには「表現したい内容」がある。

具体的には、映画中盤で見せられるいくつかのミュージック・クリップ。
環境破壊や熱帯雨林伐採に歌で抵抗するマイケルの思いが、
映像や歌詞やインタビューで語られる。

僕はそこで納得して、ひと安心した。
なるほどね、「なにかやる男」というのはやっぱり違うもんだね。
 
映画はツアー用の特別映像やステージの練習風景にうつり、
僕はリラックスして映画を楽しんだ。

もうその頃になると、映画館の観客たちはすっかりマイケルの信者だ。

それまで世間で伝えられてきたマイケルの奇行やスキャンダラスな事件など、
そういう風聞を信じた自分が恥ずかしい。
だってマイケルって、本当にすごいんだもの!
お正月の深夜の映画館は、僕を含めてそういう「にわかマイケル信者」で
いっぱいだった。


 
しかし、映画のクライマックス近く、いよいよツアー開始が近くなったので
スタッフ全員が手を繋ぐ場面。

数十人のスタッフが輪を作り、隣の人と手を繋ぐ。
マイケルは「みんな僕の家族だ」と言う。

泣いていたあのダンサーも、あのボーカル歌手もいる。
来月からのツアー開始を前に、それぞれの意気込みや仲間への
感謝の言葉を口に出す。

感動的な、マイケルのスタッフたちが心が繋がっていることがわかる、
いいシーンだ。

マイケルの隣にいるのはギリシャ人のプロデューサー、マイケルが
誰よりも信じてパートナーに選んだケニー・オルテガがいた。

オルテガはマイケルの親友であり、兄であり、一番の理解者だ。
彼がみんなに感謝の言葉を言う。

「ありがとう。きっと僕たちのツアーは大成功する。すばらしいツアーになる」

人の輪を作っているスタッフたちは、うなずく。涙を流して強くうなずく。

「じゃあマイケル、みんなに言葉を」

オルテガにうながされて、マイケルが発言した。
 
「いま地球は危ない。
本当に自然が破壊されてしまう
直前まで来ている」


え?と僕は思った。
いま、その話?
マイケルってKYの人?
 
「僕たちのツアーはできる。
地球を救うんだ。
地球の環境破壊をやめさせて、
自然を回復しよう。
世界中にこの運動を広げよう。
4年あればできる」


画面に映ったスタッフたちも、なにか居心地が悪そうだ。
ダンサーや音響さん、オルテガなどのスピーチでは強くうなずいていた
みんなは、とりあえず下を向いてマイケルの話が終わるのを待っている。
 
そりゃそうだろう。

だってマイケルは「みんなのツアー」の話をしていない。
「自分の目標」の話をしてるだけだ。

でも「みんなの夢」はそうじゃない。
素晴らしいツアーを成功させること。
マイケルと並んで踊ること。
その向こうにはさらなる自身のキャリアや未来。

なによりもマイケルの話には無理がある。
環境破壊を止める?
だって歌だよ?
コンサートツアーだよ?
「環境破壊をやめるように訴える」ことはできるだろう。
そういう運動のテーマソングにすることだって可能かも知れない。
 
でも、たかがミュージシャンの歌で、環境破壊を止めたり、
自然回復を4年以内になしとげる、そこまでの力はない。

それが現実だ。

「僕の歌が環境破壊を止める力になれたら」 これならわかる。

理解の、理性の範囲内だ、 
でも「僕の歌で地球を救う。4年以内に。僕たちにはできる」、
そんなことを本気で言い出したとしたら、その人は狂っている。

たしかにマイケルのミュージック・クリップには、彼の歌のパワーで
熱帯雨林が復活するSFXシーンがあるけど、あれは合成だ。特撮なんだ。

それが理性だ。それが現実なんだ。
 
だから、マイケルのスピーチが終わると映画は次のシーンに切り替わった。

リハーサルが続き、マイケルの日常も映された。
素晴らしいツアーにしよう!
スタッフの思いが一つになっていく。
 
しかし映画はラストになって、マイケルの死が報じられる。

映画の中でファンたちは泣き叫び、吉祥寺の映画館でも
客席から嗚咽が聞こえる。
なんて可哀相なマイケル。
すばらしいツアーになるはずだったのに。
あんなに素敵な、マイケルを尊敬して愛しているスタッフに恵まれていたのに。
あんなに天才で、才能もお金も愛情も、誰よりも持っていたのに。
 
映画館の観客たちは感動し、泣いていた。
栄光に包まれた、しかし不幸な天才アーティストの死を悼み泣いていた。
 
しかし、僕は泣けなかった。

僕は怖かった。

マイケルの人生は失敗だったと知っていたから。

彼はなにひとつ得られず、この世を去ったことがわかったから。

 
みんな信じちゃいない。
マイケルの目標を。「この地球を救う」を。

あれほどマイケルに心酔していたダンサーやシンガーたちも、
誰一人本気で信じていない。

無二の親友オルテガをはじめ、スタッフたちは誰一人「世界を救える」なんて
信じちゃいなかった。

映画館でマイケルを見て泣いている観客も「マイケルっぽい理想論だね」と
スルーした。

「マイケルは純粋だから、そんな夢を持っているんだ。
僕たちはそんなマイケルが大好きなんだ」
そう考えていたんだと思う。

でも、マイケルはそんな絵空事みたいな夢じゃなく、本気で、本当に、
この4年で世界を環境破壊から救うつもりだった。

「夢」じゃなくて具体的な「目標」だったんだ。
 
あれほど彼を尊敬し、愛してくれたマイケルの「家族」や「仲間」たち。
マイケルの死を悼んだ世界中のファンたち。
その中で、いったい何人が

「マイケル、口惜しいよな。
もう少しで世界を破滅から救えたのに。
環境破壊を止められたのに」

と彼のかわりに嘆いてくれただろう?



そうか、だからマイケルは子供が好きだったんだ。

子供なら、マイケルの目標を信じてくれる。
マイケルが「世界を救おう」と言った時に心から信じてくれるのは子供だ。
だからマイケルは、子供たちが好きだったんじゃないだろうか。

なんて可哀相なマイケル・ジャクソン。
 
彼は誰にも理解されず、なにひとつ人生の目的を果たせず、
世界の破壊を止められないまま世を去った。

彼にとって、彼の人生は敗北だった。

栄光と愛と美に包まれていた、と人は言うかも知れない。

でもマイケルはきっぱり、ノーと言うだろう。

「世界を救うことだけが僕の望みだった」と。


http://otaking-ex.jp/secret/secret007.html
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by lootone | 2010-08-10 12:14 | ・ある出来事と言葉

児童虐待問題

昔からですが・・・児童虐待には、ホント怒りを覚えるし、悲しくなります・・・。

(注意:ネットからの抜粋です↓。)



隣人は警察に通報し、警察が駆けつける。
しかし、親が「しつけの最中だった。もう子どもは落ち着いて寝ている」
と玄関に立ちはだかれば、警察は家の中には立ち入れません。


近所の人がいくら「普段から泣き声がひどく、お腹が空いたという幼い
声が聞こえます」と訴えても、警察は何も出来ません。


虐待の親はおおむね、社会的にもタチが悪い人たちが多く
下手をすると通報の隣人さえ、嫌がらせや脅しの恐怖に
さらされます。

なぜ、警察がこうも無力なのか、通報すら役に立たないのか、
児童虐待防止法に警察の立ち入り調査権が付与されていないからです。
そのため強い改正案を提示した自民党案は、民主党によって
つぶされました。

千葉景子法相の下、民主等でも児童虐待防止法改正の研究会が
設置されましたが・・・・


ただし、肝心の警察官の立ち入り調査権が、改正案の要件には
入っていない。


民主の研究会でまとめられた改正法案を提出するのが

来年の国会

だというのだからため息が漏れます。
警察の立ち入り権が付与されていない、実効力の希薄な法案をあと何カ月
いじっていれば気が済むのでしょう。

ことは急を要しているのに。
年内にまた虐待による児童の死亡事件が起こった時
民主党の皆さんは、なかんずく千葉景子法相は胸が
痛まないのでしょうか。

どうしてこの党は、そしてこの法相は警察権力の介在を
排除しようとするのでしょうか。


来年・・・と千葉法相以下が悠長に構えている間にも
虐待は日々起こり続けて行きます。


幼い無力な命がかかることゆえ、感情的な言い方を許して欲しいのですが

もし年内にまた幼い命が虐待の果てに奪われるようなことがあったら
それには千葉景子さん、あなたや民主党も加担したことには
ならないでしょうか。


祈祷師・inoribitoびびこの寿日記
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by lootone | 2010-08-01 06:29 | ・日本について